金 星 日 面 通 過 を 狙 え

 

 

 

<準備は万全に>

 

2004年6月8日、金星が太陽の前を横切る日面通過という現象が見られます。実に122年ぶり(日本でも観測されるのは130年ぶり)という大変めずらしいのもので、コレを逃せば8年後にもう一度見られるだけで、後は2117年まで見ることが出来ません。自分はハレー彗星が次に戻ってくる2060年ぐらいまでは長生きするつもりではありますが、2117年はさすがに難しいものがあります。なので少ないチャンスは物にしなければなりません。

昨年の水星日面通過は物の見事に雲に隠されてしまいました。今年も、「いざというときの雨神さま」としてその片鱗を見せつつあるイオの呪いが心配ですが、是非この珍しい現象を見ておきたいと思います。

 

さてさて、今回の金星日面通過についてはアストロアーツの特集でも紹介されていますので特に詳しくはそちらをご覧いただくこととして、自分の住んでいるところから近い福岡での予報時刻を見ると、日面通過の始まりは6月8日午後14時11分頃から始まり、それから約20分近くかけてゆっくりと太陽に入ます。残念ながら金星が太陽から出て行く前に沈んでしまうので全行程を見ることは出来ませんが、沈む赤い夕日と黒く揺らぐ金星の情景はなかなか素晴らしいのではないでしょうか。うーーん、だんだんモチベーションが上がってきましたよ?

 

 

 

 

 

金星日面通過の概要

(アストロアーツの特集ページから引用)

日面通過中の太陽の高度図

(福岡:アストロアーツの特集ページから引用)

 

日面通過を迎えるに当たっては、準備は万端にしておく必要があります。まずは太陽の強烈な光を減光しなければなりません。

水星の日面通過の時はカメラの減光フィルター(ND)を使いましたが、これは光自体は減光されるものの赤外線はほとんど通過してしまうので、熱によって目に障害を及ぼす危険があります。そこで、今回は国際光器が取り扱っているバーダープラネタリウム社製のアストロソーラーフィルターを使ってみることにしました。

日面通過の直前は需要が多くなって在庫切れを起こすことも考えられたので、買ったのは早かったです。たしかED115Sを買った直後に購入したんじゃなかったですかね。一見銀色のラッピング紙みたいな感じでピラピラと薄く、ちょっと乱暴に扱うと破れるんじゃないかと思うくらい頼りない物ですが、何しろ価格が安く加工もしやすいことから迷わずこれを選びました。ちなみに、金属製のソーラーフィルターはどんなに安くても2万円前後しますが、これはA4サイズの大きさで3千円弱。大体、太陽を見る機会なんてこんな珍しい現象の時以外は滅多にないでしょうから、これで十分でしょう。

なお、ソーラーフィルターは納入された時点では普通のシートですので、これを望遠鏡に被せるためにちょっとした自作が必要です。

加工の方は、5月の連休にやってみました。メインのED115S用とサブスコープとして使用する防具76ED、あとはファインダー用の3つを作ります。丁度A4サイズのシートで収まりそうです。

 

 

 

届いたときの状態。取説もついてます。

中身は銀色の薄いフィルムみたいな感じです

フードに被せて型どりします

 

以前にアポダイジングスクリーンで苦戦した経験が生きたのか、今度の加工は意外と簡単に出来ました。何かボケでもかませばネタ作りにもってこいなのですが、これじゃ話の種にもなりゃしません。あっさり出来すぎるのも考えものです(?)

と、安心したのも束の間でした。やっぱりY−daスタイルは健全です。

作った後に破れた箇所がないかチェックするため、フィルタを太陽にかざして肉眼で見てみました。するとED115S用に作ったフィルタだけ、1カ所ほどキラキラと光っている部分があるのです。げっ?破れとる?何たることでしょう。もし本当に破れているとしたらそこから強烈な太陽の光が入って、虫眼鏡効果で最悪目を焼いちゃうかも知れません。

愕然としながらフィルタ表面を見てみますが、穴があいているような様子は見受けられません…。しかし太陽にかざしてみるとキラキラ光り、明らかにそこだけは太陽の光が通っているようです。パッと見には穴があいているのか分からないほどのですので多分目を焼く危険はないと思うのですが、見る対象が太陽だけに念には念を入れておかないといけません。要はキラキラ光る箇所をマスキングすればいいだけの話なんですけど、マスキングする方法はちょっと悩みました。

1つの案としてはキラキラ光る部分まで口径を絞るようにすることを考えました。しかし、光っている箇所が中心から2cmほどと近く、ここまで絞ると口径4cm並の望遠鏡になってしまいます。望遠鏡の口径を有効に使うためにソーラーフィルターを選んだので、これでは何のために買ったのか分からなくなります。

もう一つの案は、円の直径を結ぶ遮光線をフィルタの前に付けてやることです。これだったら口径を絞る必要もないですし、遮光線の幅を細くすれば見え方にも影響しないはず(多分)です。よしコレで行きましょう。ということで、作ってみました。ちょっと不細工な格好になりましたが、この際外見は気にしない気にしない。

 

 

 

 

完成したフィルタこれを望遠鏡に被せます。

遮光線を付けた状態。遮光線は独立して回転するので、

光の漏れているところに合わせることが出来ます。

 

 

うんうん、とりあえずいい出来じゃないですか。おし、これで後は実際に望遠鏡で太陽を試写してみるだけです。

ところが、ご存じの通り5月の週末は全然晴れません。何なんですか、この天気は!!

5月末には九州地方は軒並み梅雨に入ったと言うし、テストする機会が刻一刻と少なくなってきました。ぶっつけ本番で事に望むほど自分は器用ではないのです。ここはあのてるてる坊主に出てきてもらわなければなりませんかね、やっぱり?

 

 

すると何と言うことでしょう。6月5日の朝は実に良い天気です。エセ坊主効果絶大!!これです、この日をおいて試写するタイミングはありません。朝っぱらから望遠鏡をがさごそ出して、例のフィルタを取り付けてキラキラがちゃんとマスキングされているか調べてみます。

…むふっ…イイ感じですよ。思いつきで作ったヤツが期待通りの結果をもたらした事なんて何年ぶりですかね。滑り出し順調です。撮影の方も、若干のケラレを覚悟すれば写真と動画どちらも良好で、金星が太陽に潜入するまでの20分間は動画撮影を狙ってもよさそうです。

 

 

 

 

ED115S + Camedia C5050でコリメート撮影

LV9mm(74倍) 1/800秒 絞りf5.6

これだと少し太陽がはみ出るようです(トリミングなし)

ED115S + Camedia C5050でコリメート撮影

LV6mm(111倍) 1/800秒 絞りf3.6

高度が低かったため縁は揺らいでいました

 

 

ギリギリではありましたが、何とかこれで準備は整いました。あとは8日の天候が良くなることを祈るばかりです。イオよ、頼むから呪いはかけないでおくれよ?

 

 

 

 

 

<万全な準備も曇れば意味なし>

 

6月8日当日、この日の目論見としては午前3時頃に観測地に赴いて極軸合わせをしておき、そのまま仮眠をして午後から本番ということで考えてました。というのも、日没前は太陽の光が減光され露出時間も結構かかることが予想され、露出中に太陽をピタリと追尾するには予め極軸を合わせておく必要が踏んでたためです。

ところが、3時頃おきてみると雨。ギンギンに雲が張ってます。どうあがいても極軸合わせなんてできっこありません。未練は残りますが、朝9時か10時頃出発ということにしてしばし眠りにつきました。

 

朝起きると、やはり雨。予報では午前までは雨が残るものの午後の降水確率は0%だし、衛星画像を見ると雲の流れが速ければ14時頃からは晴れ間が見えそうな雰囲気ではあります。一縷の望みをかけて行っちゃいましょう。出発は10時過ぎ。降ってますよ。リンガーに行って「成功祈願メニュー」を食べれば晴れるかなぁ。

しかし、朝からチャンポン&餃子というのはなぁ。・・・やっぱりパスします、もたれそう。

さて、今回の観測地は昨年金星食を観望した「美しい夕日が見えることで有名な展望台」付近にしました。6月4日にロケハンして、ちょうど夕日が海に沈むところをみることができたので方角的に問題ないのです。あの夕日よもう一度!!しかし今日は黒々とした不気味な雲がウヨウヨしてます。普通であれば、星を見る気分を失わせてくれるに十分な光景です。

 

 

 

 

見て下さい。いかにも雨降りますよ、と言わんばかりのこの雲を

こちらは北の方角。この後雨降ってきました。

 

 

雨の方は降っては止み降っては止みの繰り返しで、なかなか望遠鏡をセッティングする機会に恵まれません。そうこうしているうちに、昼前に船長っが到着。開口一番「今日見れるんかなぁ」とボヤキが出ました。てっきり「お前クルマ洗っただろ?」とお約束が来ると思っていただけに、これは意外。

 

昼になると、雨も降らなくなって少し空が明るくなってきました。だからといって、太陽が顔を出すわけでもなく依然として望遠鏡を出すべきか悩ましい状況に変わりありません。「Y−da、試しに望遠鏡出してみ?」と船長っが言えば、「いやいやファーストセッティングは船長っにお譲りしますよ」と自分も切り返し、どちらの望遠鏡を生け贄に出すかギリギリの攻防が繰り返されます。昨年の久住観測会(アナログ会)の時は「望遠鏡を出した途端に大雨」という苦い経験を二人ともしてますからねぇ。慎重になるのも当然です。

しかし、持久戦に持ち込まれると先にしびれを切らすのが自分の情けないところで、結局12時半ぐらいになって先に動いたのは自分でした。運良く晴れ間がのぞけば即見ることが出来るわけです。そうですよ、ここは頭の切り替えが肝心です。鼻歌交じりに(カラ元気?)望遠鏡を組み立てます。するとどうでしょう。船長っも「やっぱりオレも組み立てておこうかな」・・・ヌフフ、乗ってきてくれました。これで雨が降れば一蓮托生。いや、別に雨は降ってほしくないんですが!

 

 

 

 

直焦成功祈願セット Ver.2にグレードアップしたシステム

つられて組み立てに入る船長っ

 

 

 

 

 

<暇つぶし>

望遠鏡を組み立てると、さっきまで明るくなった空が再び黒々してきました。どっちの影響なんでしょう?組み立ててしまった直後にまた戻すなんて言うのはアレですので、念のためにと準備したビニール袋(特大)を上からひっ被せておきます。ちなみに望遠鏡を組み立ててから僅か10分後の出来事です。

船長っも組み立てた後にすぐビニールシートを被せてました。ますます昨年の久住観測会と同じ状況です。

・・・それにしても暇じゃのう。晴れていれば太陽に望遠鏡を向けてピント調整やら金星が潜入して来るであろう場所を導入しておくなど準備出来るし、そうこうしているとすぐ時間も過ぎてくるのでしょうが、何もすることがないと時間つぶすのも一苦労です。一応、自分の場合は観望大作戦のネタ作りの為デジカメ片手に観測風景(というかボケーっと待ってる風景)やら、望遠鏡の写真やらを撮ることで気を紛らすことが出来るんですが、船長っは本当に何もすることが無く、近くに備えられているベンチで流れる雲を恨めしそうに眺めながら「ダメんごたんなぁ・・・」とぽつりと呟くだけなのでした。

 

こうやっているウチに、潜入の予定時刻である14時11分がやってきました。空を見上げると・・・雲。望遠鏡に目を移すと・・・明後日の方向。トホホです。

 

 

 

 

組み立て直後にビニールシートを被せられました

どこに太陽があるんでしょう??

 

 

 

 

 

<逆転満塁ホームラン>

 

時刻は15時。とうの昔に潜入時刻も過ぎ去り、一番の目的だった「潜入の様子を動画撮影」することは叶いませんで、すっかりモチベーションは0付近まで落ち込んでしまいました。

     船長っ: 「どうすっや、晴れる気配のなかばい」

     Y−da: 「うーーん、撤収する?」

     船長っ: 「撤収かぁ…、でもせっかく望遠鏡も出したけんなぁ。夕方ぐらいになれば見ることができるかもしれんけん・・・」

     Y−da: 「そうねぇ・・・」

     船長っ: 「おおそうだ。アンタ試しに望遠鏡ば片づけてみんね

     Y−da: 「はい?」

 

たしかに、「望遠鏡を片づけると雲が晴れる」ということはよくありますけどね、そうはいかん。船長っだけ美味しいところを持って行かせません。こうなりゃ、何が何でも粘り尽くしましょう。

そんな努力が実を結んだのか、奇跡が起ころうとしてました。何と雲間からうっすらと太陽の輪郭が見え始めたのです。すわっ、一大事です。脱兎の如く各自の望遠鏡に飛びつき太陽の方角に望遠鏡を向けました。しかし、肉眼でかろうじて輪郭が分かる程度の明るさしかなく、ソーラーフィルターを取り付けた状態では光が減光されすぎて太陽の「た」の字も見えません。じれったくなった自分は、こともあろうにソーラーフィルターを外して直で太陽を見るというとんでもない行動に出ます(絶対真似しないで下さい)。幸いにして目玉焼きになることはなかったんですが、フィルターを外すと眩しすぎて直視出来ないのです。かと言ってフィルターを付けるとやっぱり見えない・・・。太陽が見えたら見えだしたで別の葛藤に悩まされてしまいました。

しかし、天は我々を見放しませんでした。徐々に雲が薄くなってきてフィルター越しでもうっすらと太陽の輪郭が見えだしてきたのです。そしてついに金星の黒くて丸い姿も弱々しく現れてきました。

でかっ!!

かなりの大きさにビックリです。水星の日面通過の時は、小さすぎて倍率を上げないとそれらしい雰囲気が実感出来なかったものですが、金星の場合は低倍率でも十分その存在が分かります。

こうしてはいられません。すぐ撮影に入りましょう。うっ!カメラを準備していない!クルマに戻ってデジカメを取ってきます。うっ!!アダプターを忘れた!!またまたクルマに戻ってアダプターを取ってきます。 完全に焦ってます。

船長っは最初っからカメラを望遠鏡にセットアップしていたので、すぐ撮影準備に取りかかっているようでした。

カメラを付けて電源入れてさぁ撮影や、ばしばし撮ったるで!!・・・なんて簡単に事は運びません。なんせ雲がかかっているので、太陽がぼんやりとしか見えずピントを追い込めないのです。しばらくピント合わせに四苦八苦しましたが、運良く金星が液晶に映ったので(よくそこに金星があったもんだ)、瞬時にピントを合わせて記念すべきファーストショットに成功しました。

 

 

日面通過のファーストショット

雲間からの撮影だったのでぼんやりとしています。写ったときは

天にものぼる嬉しさがこみ上げました。

 

 

 

 

 

 

 

<撮るべし録るべし見るべし>

 

それからしばらくはまた雲が厚くなったものの、西の方角は青空も見えてきてここにきてようやく粘りの成果が出てきたようです。いつ何時曇ってしまうかもしれないので、金星が見えれば委細構わず撮りまくります。ある時は全体像を撮るべし撮るべし、ある時は光学ズームで拡大像を撮るべし撮るべし、更に調子に乗ってデジタルズームまで効かせて超拡大像を撮るべし撮るべし、たまに、防具76EDで見るべし見るべし。先ほどまでの鬱憤を一気に晴らすような勢いで、露出をどれだけかけたかなんてほとんど記憶にありません。

船長っの方も最初こそ自分と同じようにピント合わせに苦労していたようですが、晴れ間が広くなってコントラストが向上するにつれ本来の調子を取り戻し、ピーッピーッとD70の快音(シャッター音)を響かせています。その一方でビデオ撮影も抜かりなくやっていて、金星が太陽の前を通過している様子が克明にビデオに記録されていました。

これはさぞいい記念になるだろうな、と思っていたら「よくよく考えてみれば、何の変化が起こるわけでもなし、音声を入れてないから後で見ると退屈だろうなぁ」と仰います。

まぁたしかに金星が黒点の近くを横切ったり、前を通過したりしていればビデオ撮影が一番楽しめたと思いますね。今回は太陽面が寂しかったからなぁ。

その代わりと言っては何ですが、雲がひっきりなしに横切ってましたから、その様子を動画撮影するのはなかなか面白かったです。金星が動いているような錯覚を覚えましたし。

 

16:19撮影

16:53撮影

17:15撮影

 

ある程度撮りまくると興奮状態も一段落し、改めて防具で見てみました。やっぱり大きいです。太陽のほくろという表現を後で耳にしましたが、なかなか言い得て妙だと思います。個人的には無理に高倍率をかけて金星をクローズアップするよりは、低倍率で太陽全体を見た方が両者の大きさの対比が分かりやすくて良かったと思います。特に金星をジッとみていると心なし奥行き感が出てきて、金星が太陽の前にあるのを立体的に感じた次第です(もちろん錯覚に違いありませんが)。

ちなみに、ファインダーでも金星の黒い姿がはっきり見えたのには驚きでした。点像にしか見えないと思っていましたが、しっかりと面積を持ってました。「見る分には双眼鏡の方が良かったかもしれんなー」と観測終了後に船長っが言ってましたが、たしかにそうだと思います。

 

18時を過ぎた頃に、太陽はまた分厚い雲の中に埋没し、どう考えても日没まで姿を現しそうになかったため、観測はそこで終了しました。のべ2時間半ちょっとの短い時間でしたが、この天候の中でこれだけ見れれば十分です。潜入は逃したので満足度としては40%ということろでしょうか。次回は8年後、この時は潜入から出て行くまでの一連の過程を見ることが出来るので、是非晴れてくれることを期待したいです。また願わくば、黒点があちらこちらに出没して、その近くを金星が通るようなシーンが見られたらいいですね。

 

観測終了後、黒く大きい金星が見られた喜びを胸に、リンガーでダブルチャンポンとイカ揚げセットを食して、この日の準成功を祝ったのでした。

 

 

 

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