あの惑星状星雲はどこに?

 

 

 

 

 

<はじめに>

 

これは1993年〜1994年の話になります。

実家に行ったときにたまたま昔運営していたサークルの会誌が見つかりまして、懐かしく読んでいたところにNGC7293(みずがめ座にあるらせん状星雲)の観望記が出てきました。

今では防具76EDでも見つけることができますが、昔はいやはや相当苦労したモノでした。

最近はネタも少なくなってきたことですし、昔の観望記を引っ張り出してみました。当時の自分の苦労が少しでもかいま見たいと思います。

事の起こりは、自分が広島県三原市に滞在していたときに会員の方が会誌にこの天体を紹介したことから始まりました。

ちょっと編集はしていますが、基本的には昔書いた内容に沿っています。

 

 NGC7293らせん星雲(ED115Sで撮影)

 

 

 

 

<挑戦1:上弦の月の威力に敗北>

 

会誌の星雲星団ガイドに紹介されていたNGC7293…あれはいつか見てみたいと常々思っていた天体でした。惑星状星雲の中で最も大きく、かつ極々淡い天体で、かのほうき星さん(注:サークルの会員のPNです)も眼視では未だ見ていないと言うことです。

幸いにしてこの度友人から程度の良いクルマを譲ってもらい、実家から望遠鏡やら双眼鏡やらを一式持ってきたので、難物の制覇に挑戦してみることにしました。

過去「こいつぁ必ず見る」と狙いを付けて見ることの出来なかった天体は、うお座にあるM74のみです。「やればできるさ。しかもあっさり」と楽観的に考えて、土曜日(199311月)の夜にいざ出発してみました。

 

しかし考えてみれば、自分はどこで星を見たら良いのか分からないのでした。

ナゼかと言いますと、三原市に来てまだ1年も経っていないし、星を見る場所を丹念に調べたわけでもないのです。三原市は田舎なれど町のど真ん中はやはり明るく、難物を迎え撃つにはチトつらいものがあります。とりあえずバイクでツーリングをしていたときに目星を付けていた場所に行ってみることにしました。しかし到着してみれば、おお?煌々たる水銀灯のお出迎えです。

さらに予想外だったのは、上弦の月のこの明るさ!NGC7293から結構離れていたとはいえ、月の光は既に空いっぱいに広がっていたのです。おかしい、上弦の月ってこんなに明るかったか?

ともかく、落ち着く場所が欲しいと、あちこち行き来している間に秋の天の川がうっすら見える場所に遭遇しました。周りはススキがぼうぼうと生い茂っていますが、これ以上場所探しに時間を費やしたくありませんし、ここで見てみることにしますか…。

 

しかし、このススキの多さには閉口します。とても望遠鏡を設置できるような環境ではなさそうです。しかたなく今回は11×80双眼鏡で観望のみに徹することにします。双眼鏡とはいっても、NGC7293の大きさは900秒×729秒。おそらく淡い球状星団風には見えるはずです。だって、これより小さいカニ星雲(おうし座:大きさ360秒×240秒)を以前見たのですから…。

 

 M1かに星雲(ED115Sで撮影)

 

とそんな考えは、はちみつをごっそり入れた砂糖水より甘かったのでした。月の光で視野いっぱいゴーストの嵐で、まるでモヤがかかったみたいにコントラストがないのです。む、む、む、恐るべきは上弦の月のこの威力!!

多分中央にあるであろうNGC7293は完全に月の明るさにかき消され、あるのかないのかわかりません。

目を凝らしたり、目をそらしたりしてうっすら雲状のモノが見えないかあの手この手を講じてみましたがあきません。「見えた」という感触を得ないまま1時間、憔悴しきった自分は「ふっ、今日はこの辺で許してやろう」と訳の分からない捨てぜりふを吐き、怪人20面相のような笑いを残してその場を逃げるように去っていったのでした。

   

 

 

 

<挑戦2:脱輪バスの前に敗北>

 

先日挑戦して破れた難敵、NGC7293への雪辱は募るばかりですが、ここのところ天候不順が続いていて少々憎々しい毎日が続いていました。

あれから1ヶ月経った199312月のとある平日、近頃にない快晴の空が日中広がりました。それに刺激された自分は、明日の仕事のことも考えずに再挑戦することにしました。会社を出る頃、薄暗い中にもまだ青空がうっすらと残っていて透明度の良さをアピールしています。いつもの「太陽が沈むと雲が出る」のパターンではありません。ここ数日は毎回のごとくこのパターンにやられている自分としては、当然ニッコリ(天使の微笑み)。

帰って即ステラナビゲータでこの日のNGC7293の位置を調べたところ、太陽が沈んだ頃は既に西に傾いていて、午後7時から2時間ぐらいが勝負と判断。疾風のごとく夕食を済ませて6時半頃に出発しました。

あれから何度かロケハンのためにあちこち彷徨っていたので、前よりももっと適していそうな観測場所の目星はついています。

今回は山陽自動車道三原ICの近くに行ってみることにします。山の上にあるだけあってすごいクネクネ道なのが難点です。ヘタレなドライブテクニックなので、ここを行くときはいつも冷や汗かきながらの運転になります。時折センターラインを大きくはみ出し、時折崖へ向かって一直線状態になったり、そんなこんなで今日もまずまずの運転で峠を越えることになりました。問題はこの後起こりました。

 

下りに入って少し走ると、前方対向車線側の様子がおかしいことに気付きました。ハザードランプが幾つも点滅していたのでした。ランプの高さから見て普通車っぽい…ありゃ?その向こう側に普通車の屋根より高い位置でたった1つハザードランプが点いてますな?ん?なんで1つだけなんでしょう。…おお?

リムジンバスが脱輪してます!!

 

そう、何と大きなリムジンバスが見事に左側の前輪・後輪とも脱輪していて、斜め45度状態で切り立つ崖に寄りかかっていたのです。もう一つのハザードランプは前方の普通車の陰に隠れて見えなかったのでした。この辺りは何の変哲もない普通の直線道なのに、どうしてこうも豪快にいっちゃったのか不思議です。近くで呆けてしまっているバスの運転手に聞いてみましたが、コテコテの広島弁でかつ早口(動転してます)で話すモノですから結局分からず終いでした。

 

それにしてもこの状況を一刻も早く打開する必要があります。しかし普通車だったら何とか力を合わせてでも抜け出すことも可能ですが、相手は巨漢リムジンバスで、オマケに片側ずっぽし脱輪状態。とても自分たちの力でどうにかなるもんじゃありません。ここは警察に連絡するのが得策でしょう。また、車内には何人か怪我している人もいるようです。救急車を呼んでも1台じゃ足りないでしょうから、駆け寄ったドライバーが協力して病院に連れて行った方が良さそうです…と、あるドライバーが提案しました。

でもちょっと待て。自分は星見に行く途中だったのです。当然車内には荷物がいっぱいで怪我した人を後部座席に横たわらせることができません。役割分担した結果、自分はバスの運転手を乗せて近くの電話ボックス(警察とバス会社に連絡するため)まで連れて行くことになりました。近くと言っても、ここは山道です。登ってきた道をほぼ振り出し位置まで引き返すことになりました。←この時代携帯電話ってなかったですからねぇ…。

さてもう一度事故現場まで戻ってきたところ、数台のパトカーが到着していて現場検証が始まっていました。バスの運転手を下ろし、ここからようやくリスタートです。既に2時間弱のロス。ほとんど見る時間なんてないようなものですが、僅かの時間でもあれば挑戦するのが天文ファンの心意気というものです。警察が近くにいるというのに、猛スピードで現地へと向かったのでした。そしてその数分後、

霧一色となった夜空を見て凍り付く男の姿があった…。

 

そのショックが癒えた数日後、再び快晴の夜空に巡り会いました。現地に行っても雲一つなく絶好のリベンジ日です…が、寒い!!!!革ジャンにはんてんまで着込んで臨んだというのに、隙間を縫うように冷気が忍び込んでくるのです。さ、寒いーーーーー!!

この日は撮影も計画していましたが、この寒さに耐えられずNGC7293を見つけることのみに情熱を注ぐことにしました。みずがめ座の方向を見るとやや明るいのが気になります。しかし過去「こいつぁ必ず見る」と狙いをつけて失敗に終わった天体は僅かに2つ(1個増えました)。雪辱を果たさんと意気込む自分にとって、今回こそはいとも簡単に事を進められるものと…勘違いしておりました!!全くもって砂糖を増量したカフェオレ以上に甘く、明るい空の中に埋没してしまい、何が何だか分からないのです。またしても野望達成とはいきませんでした。

こうなりゃ、岡山県美星町で雪辱です。美しい星空の元だったら、絶対に見つけられるはずです。よし来年美星町でケッテーーーイ!!!

その半月後、赴任先が九州になるという結果を知る由もなく…。

 

 

 

<挑戦3:20cmでも敗北>

 

三原にいた頃、2度挑戦してことごとく退けられたみずがめ座の惑星状星雲 NGC7293。月の半分程度の大きさという惑星状星雲最大の大きさを持ちながら極端に淡いため、これを見るには暗い夜空が最低の条件だということをつくづく思い知らされました。

あれから1年後の1994年、故郷に戻ってきた自分は7月に主砲VC200Lを買い、何度か観望に足を運びました。おかげで星雲・星団を見つけるカンは大体戻ってきたようなので、そろそろ過去の清算をやっておきたいところです。

 

なにしろ、一晩でM天体99個制覇した船長っは「タカハシのFS102で既に見た」と言っており、「かなり見やすいぞ」というオマケのコメントまで寄せていたのです。日頃ビクセンの望遠鏡を「バッタモン」と位置づけている彼に反撃の矢を構えるには、このNGC7293は避けては通れない壁です。VC200Lの前には浮浪ライトなど敵ではないと言うことを示すための第1歩こそ、過去2回失敗したNGC7293の制覇にかかっているといえましょう。

おう、何だか知らんがガッツが入ってきました。

 

観望の地は市街地から役50km離れた山麓の裾にします(その後長大な尾を持った百武彗星を見たところでもあります)。

ここは全体に渡って視界が開けているのがお気に入りの理由の一つです。残念ながら南方向は明るくて今回のように目標物が南天にある場合には甚だ具合が悪いのが泣き所です。しかしそこは20cm!しかも鋭像!!ビシッと決めれば今回こそ楽勝のはずです。

下りの部分と比較すると全然反省していないようにも見えますが、このような悪条件で見ることが出来たなら、浮浪ライトに対する絶対優位は揺るぎないものとなるに違いありません。ハッハッハッハッ、浮浪ライト恐るるに足らず!!………船長っ、聞いとるか?寝ちょらんか??

 

さて現地についた自分は、本番に入る前にいくつか淡い天体を見てウォーミングアップに入ります。前哨戦として「淡い」と言われるさんかく座のM33を見てみます。しかし前哨戦と位置づけているにも関わらず大変手こずりまして、導入した当初はどこにあるのか分からないほどコントラストが冴えません。不穏な空気が流れてきました。

ま、まあ一応見ることが出来ましたから、次はもっと淡い対象にいきましょうか。今度は「更に淡い」と言われるうお座のM74にいってみます。…

うお座ってどこだっけ??

 

何と言うことでしょう。天文ファンとしてあるまじき言動です。ブランクが長引いてしまったのが原因で、星座の位置をすっかり忘れてしまっていたのです。星雲星団を見つけるカンは戻っても、星座の場所まで戻ってはいませんでした(普通は逆じゃないか??)。持ってきたガイドブックには星雲の位置をピンポイントでしか載せていないため、星座の場所が分からないことにはどうしようもありません。

 

 

 

M33                                                        M74

 

しかたなく、自信なくもならば本番のNGC7293にいってみましょうか。

持ってきたガイドブックによれば、みなみのうお座のフォーマルハウトから辿れば容易いと載ってます。それを信じてフォーマルハウトから辿ってみます。ところが、ファインダーの中の視野が明るくて微光星が埋もれてしまい、星図に書いてある星の配列がなかなか見いだせません!!

星を1つ1つ辿っては都度ガイドブックと照らし合わせ、ようやくそれらしき場所に到着しました。おそらくこの近くにごく淡いNGC7293があるはずです。

アイピースを覗き、慎重に望遠鏡を動かして星雲が見えないか探します。しかし、影も形も見える気配がありません。そりゃそうです。

それらしき場所は、フェイクだったのです。ヌガー!!!!

 

 

フォーマルハウトの概略位置(左:全体、右:拡大)

 

 

目的の場所はそれよりもさらに西側の場所にありました。今度こそドンピシャリ!場所的にはまず間違いありません。視野の中には絶対NGC7293が入っているはずです。さぁどうだ!?

…………………分からん…。その昔、数ある天体を見て磨いてきたこの目を持ってしても、どこにあるのか、はたまたそこにあるのか全然分かりません。1時間くらい探してみたでしょうか。いろんな手段を講じてみましたが、この明るい夜空の元では手応えがないのでした。そうこうする間に月も昇り始めてきました。3度目も敗北です。

20cmとは言え、やはり暗い場所でないと無理みたいです。「浮浪ライト恐るるに足らず」の勝利宣言は、もう少し先のことになってしまいました。

 

そして、時は流れて…

4度目はそれから1ヶ月ぐらい経った1994年の11月のことでした。今度こそ南の方角が暗いところに行ってみました。周りは畑で肥料の匂いがすごいところですが、何のその!NGC7293のためならどんなとこでも行っちゃいますよ。

そしてようやくこの場所で、淡くぼんやり星雲の姿を捉えることが出来たのでした。リング星雲として有名なM57ほどくっきりとはしていませんが、ドーナツ状の形も見えました。苦労して見つけた星雲ですから、ボーッとさえないとは言っても感激はひとしおです。

苦節2年、場所変え物変えあの手この手で挑戦した難物の制覇の祝福は、もちろんリンガーハットで決まりです。うまかったぁ〜…。

 

 

 

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