夜露に泣く

 

 

 

 

 

<利害の一致>

 

 

春になりました。寒い中をひたすら我慢し、ぶるぶる震えて撮影に臨まなくてもいい季節です。もっとも、今年はとにかく週末の悪天候と体調不良に泣かされ続け、出張りに行ったのは2月のたった1回だけという寂しさ。「寒い中をひたすら我慢し…」云々など偉そうに言える立場ではありません。

4月のターゲットデーは、新月を迎える8日(金)です。この週は週の初めから清々しい青空が広がりました。週末を待たずに「行っちゃうか?」と悪魔がアツク囁きかけます。しかし、姫さまを朝保育園に連れて行かないとならなくなった以上、すべてをぶっちぎってまで星見に行くのは難しくなりました。ここはジッと週末に期待しましょう。

おっと、その前に一つ重大な仕事が待っていました。母ちゃんへの星見伺いです。毎回毎回あの手この手で申請していますが、今回もやっぱりやっておく必要があります。いっちょ直球勝負で言ってみますか。

Y: 「今度の8日、星見に行くつもりだけど?」

嫁: 「ん?ああ…。いいよ。行っといで

 

…。予想外の返事です。アンタは当日雨でも降らすつもりですか?もしかして、今度の雨降らし作戦は思わぬ一面を見せることで天の怒りを買おうとでもいうのでしょうか…そんな疑いを持ってしまうほどあまりにもあっさりしすぎているのです。

もちろん、そのウラにはちゃんと母ちゃんの思惑が入っているのでした。

というのも、8日の星見がダメだったら翌週15日(金)にリベンジ戦を構える事にしていたのですが、この日は母ちゃんの職場で歓迎会があるらしいのです。もし自分がノコノコ星見にでも出かけようものなら、姫の世話を実家に頼み込まねばなりません。それはそれで実家に迷惑でしょうから極力父ちゃんに世話してもらいたい、すなわち8日に星見に行ってもらった方が得策というのが母ちゃんの考えだったのです。何という深慮遠謀か!

まぁ、いずれにしても利害が一致しているのは間違いありません。お互い不敵な笑みを浮かべることで交渉成立し、今回は「傘マークの呪い」をかけられる恐れはなくなりました。

 

さて8日当日。日中は澄んだ青空が広がって透明度はまずまずでした。「母ちゃんの呪いはスゴイ威力があるものだ」と感心したぐらいです。

ところが、です。この天気が持ったのも刹那の時間で、夕方当たりから西の方角に低い雲が見え始め、1時間も経たないうちに空一面に広がったのです。ついでにトドメとばかりに霧も発生してきて、燃える男の心を消火しようというのですからたまりません。出発予定の8時頃は完全にベタとなって、思わず憂さ晴らしの1リットルビールに手がかかりそうになります。

   嫁: 「はっはっはっ、やっぱりダメやったねぇ。観念してイオの面倒でも見とき」

   Y: 「何を喜んどるか。ここで行けんかったら、来週行くことになるとぞ。それでもいいのか?」

   嫁: 「はっはっはっ、呪いばかければ済むことやもんねー」

Y: 「ちょ、ちょこざいな。まだ勝負は終わっとらん。きっと1時間後には晴れる・・・はずや」

そうです、まだ勝負は終わってなかったのです。30分後にもう一度空を見てみると星が見え始めていたのです。父ちゃんの執念、雲をも動かす!!ワハハ、オレの勝ちだ。

こうなると、いきなりフットワークが軽くなります。恨めしげな母ちゃんの視線は一切気にもとめず、いざ出陣!

 

 

 

<血湧き肉躍る惑星撮影>

 

今回は久しぶりに「船長っの場所」に行ってきました。メインディッシュが南天低いオメガ星団ですので、前回行った「百武彗星記念の地」では南に障害物が林立していて甚だ具合が悪いのです。

出発して1時間後に現地に到着。夜空はどんな案配かとクルマを降りて見上げてみると、まずまずの星空が広がっています。しかも幸運なことにこの日は全く風がありません。ビューヒューもしないのです。これまで幾度となく風に悩まされ続けて自分に、神様が哀れを感じたのでしょうか。ありがたいことです。

・・・というのは大きな誤りでした!

しばらくして気付いたのですが、やけに湿度が高いのです。この状態だと、機材が夜露でびしょ濡れになること請け合いです。こまめにタオルで水分を取らないといけません(実はそれ以上に重大な問題が発生したのですが、それに気付くのはもう少し後)。

湿度が高いとは言え、無風のコンディションはそうそう滅多に出会えるものではありません。空を見上げると、ちょっとドロッとした感じがしますが、こんな時ほどシーイングがいいのです。イソイソと機材を組み立てた後は、早速土星と木星を見てみます。

・・・グッド!!土星は西に傾いていたので好シーイングの恩恵が少なかったのですが、木星はとんでもなく良く見えました。PCのモニタで見ても主たる模様が確認出来て、これならきっと失神しそうな木星が撮れることでしょう。出来上がった後のハッブルライクな木星像を夢見ながらまずはチャチャッと惑星撮影を終わらせました。

後で処理したところ、期待通りの恐るべき木星が撮れていました。土星も、シーズン終盤の写真としてはまずまずの出来です。もし、これが本日のメインディッシュだったとしたら、幸せなウチに翌日の花見に臨んでいたかもしれません。

 

 

 

<続・ただくたびれただけ>

 

ところが、こんな喜びを打ち消す事態が発生したのでした。

惑星撮影を手短に済ませて、さぁこれから本番の直焦撮影の準備に入ろうとしたときです。空はこんなに晴れているのに、ファインダーで見ると雲がかかったように見え味が悪いのです。何で?訝りながらファインダーの対物レンズの方を見てみると・・・

ウゲッ、夜露がびっしり!!

 

そうです、重大なことを忘れていました。湿気の高いこんな日は夜露が大量発生するのでした!フードのあるホタロンはまだ影響は少ないのですが(それでも帰った後にレンズを見てみると夜露の跡がビッシリして、失神しそうになりました)、フードがほとんどないファインダーではすぐ曇ってしまうのです。

こんな時どうする?そ、そうだ、うちわで扇ぐんだよ。・・・あっ、今日はうちわ持ってきてないぞ!何か、風を送るものはなかったっけ?そ、そうだ、レンズの埃飛ばし(ブロアー:左の写真)があるじゃないか。これでペコペコすれば・・・。

ペコペコペコペコペコペコペコペコ・・・・・・・・・・・・・ペコペコペコ・・・・・・・・ペコペコ・・・・・・・

埒があかん!!!!

 

時間と握力がなくなるばっかりで、肝心の曇りは全くなくならんのです。ええいくそっ、こんな時船長っはどうしていたっけ?

そ、そうだ、クルマのファンで曇りをとっていたじゃないか。ガソリンが残り少ない中あんまり消費したくはないのですが背に腹は変えられません。ファインダーを一旦望遠鏡から外してクルマに持ち込み、ファンをかけて曇りを飛ばします。おお、みるみるうちにレンズの曇りが消え去りました。よし、これを望遠鏡にセットして再スタート・・・

セットしている間に曇ってしまいました

 

これでは延々と「曇りをとって、また曇って」の繰り返しで、全然撮影に入ることが出来ません。くそう!こうなりゃ古に封印された禁断のティッシュ拭きで曇りを取りながら進めてやる!ファインダーだから少々キズがついても気にすんな(さすがにホタロンにはこんな事は致しません)。

無茶苦茶とも言えるやり方で何とかオメガ星団を導入しました。まともに星も見えない中で、今までマイ望遠鏡で導入したことのないオメガ星団を良く見つけきれたと我ながら感心します。人間やってやれないものはない!(?)

いよっし!しからば撮影に入るぞ。バイパーのキャップを外して・・・

瞬殺 (いやぁぁぁぁ!)

 

恐ろしい光景でした。キャップを外すやいなや、獲物を見つけた夜露はあっという間にバイパーの補正板に群がり始め、1分そこらで曇ってしまいました。昔見たオカルト映画さながらの光景です。

さすがに補正板に対して古の技は使いたくありません。多少曇っていても、90mmという大口径で明るい星を見ればそこそこ見えるでしょう。未体験の「曇り硝子の向こうでガイド撮影」行っちゃいましょう。口ずさむ歌はもちろん「ルビーの指環」。暗澹とする思いに支配される中、いざ撮影開始です。

・・・うーん、星が西にずれている(ような気がする)→修正PB ON

・・・あれぇ、今度は北に動いた(ように見える)→修正PB ON

・・・おかしいなぁ、東に動いた(感じがする)→修正PB ON

 

ガイドに選んだ星は本当は肉眼で見えるほど明るいのに、まるで10等星でガイドしているようです。ガイドパターンの明るさに埋もれてしまって、本当はガイド星は動いていないのに何か動いているように見えます。完全にフェイントに翻弄されてしまいました。

5分後、踊りまくるオメガ星団が液晶にプレビューされたとき、初めて自分がやっていることの無意味さに気付きました。そして皮肉なことに、それに気付いたときに「ハイ、ご苦労さん」とばかりに空の方は曇り始め、万事休すです。

写真?ええ、即刻削除しましたとも。最初から自分は何も撮っていなかったのです。

帰りは深い霧に包まれた暗闇の山道におののき、度重なる鹿の妨害に背筋を凍らせ、這々の体でリンガーハットへと向かうのでした(怒りのダブルチャンポンを食す)。

ボクはこんなネタを作るために作戦を敢行したのでしょうか?そう思わずにいられません、ハイ。

 

 

 

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