不発!ミッションマックノート

 

 

 

 

                            【白昼の挑戦】

 

 

マックノート彗星は、2006年8月にマックノート氏に発見報告された彗星です。この彗星が2007年1月には1等級、1月中旬にはマイナス等級、更には近日点前後に明るさが−5.5等にまで達し、97年のヘールボップをもしのぐモンスター彗星になりました。

残念なことにマックノート彗星は太陽に非常に近く、北半球では1月中旬までしか見ることが出来ないこと、おまけに日没後の高度が低く水星並みに観測が難しいことから、日本ではそれ程話題に上りませんでした。これが夜空に見えるような位置関係だったら、世紀の天体ショーとして一大キャンペーンが張られただろうと思います。

ところで、−5.5等という事は最大光度の時の金星よりも明るいわけで、数値的には日中でも観測可能な感じです。実際、日中に観測したり撮影できたという報告が天文サイトには多数寄せられていて、コマはおろか尾がしっかり写し出されている写真も報告されていました。

 

こうなると、最初「どうせ空が明るいウチに見る彗星なんて大したことないさ」と高をくくっていた自分は、「しまったなー、話の種に見とけばよかったなー」と思います。そして、ten.さんやほうき星さんなど身近な方の観測報告を聞くと、ますますその思いが強くなってきます。しかし、1月14日以降はマックノート彗星と太陽はほとんど同時に沈むので日没後の観望は不可能となり、残された道は「日中観測」のみとなってしまいます。また日中観測をするにしても、自分のベランダからトライする場合は、マックノート彗星がフォーマルハウトとほぼ同じ地平高度に並ぶ1月18日か19日ぐらいがリミットとなります。14日以降天候不順が続いていてリミットは刻一刻と迫ってきた中、幸いなことに18日の天候が晴れと予報されたため、一縷の望みを託して日中観測に臨むことにしました。

 

1月18日12時30分頃のマックノート彗星の位置

            正座との位置関係がわかりやすいよう、夜モードで出力しています。また、彗星の尾のパラメータは適当に入力している

            ので、実際の長さ/広がりと異なります。もちろん、日中はこのようには見えません(^^

 

18日のマックノート彗星の位置は太陽の南約10度強のところにあります。太陽が南中する頃であれば、太陽導入後に望遠鏡を南に振って、少し東に戻せば割合簡単に導入できそうです。・・・とは文字的に見れば、の話で、実際はすぐ近くにある太陽の光にかき消されてかなり見づらいだろうと予想します。ファインダーで探すよりは、目盛環を使って導入した方がいいかもしれません。

もっとも、自分は未だかつて目盛環で星を導入したことなど一度もないわけですが、なぁに何とかなるでしょ。(←大きな間違い)

システムはホタロン+EM200に出張ってもらいます。何せ一度は太陽を見ることになりそうなので、WB25では何かと都合がよろしくありません。またホタロンなら運が良ければ撮影も敢行できそうです。既に成功した気分に酔いしれつつ、17日夜にベランダに機材をセッティングし、入念な極軸調整を行って明日を待ちました。

2007年最初の大作戦は、突如としてわき上がったマックノート歓迎観望で幕開きました。果たして成功するのでしょうか。打ち上げリンガーは達成なるのでしょうか?

 

 

 

 

【招かざる客】

 

朝が来ました。当地の天気は「晴れ」。雲の流れのシミュレーションを見ても、日中は雲がかかるような予報はされていません。ですから、

空に広がるこの厚い雲はきっと幻なんです ><;

 

と、思わず叫んでしまいそうな空。一般的な「晴れ」からもほど遠い状態です。雲の流れを見ると北から南へほとんど途切れることなく続いていることから寒気に伴う雲のようでしょうか。現実を見るべく、衛星画像を開けば唖然。九州北部の沿岸から次々に雲が湧き出し、南へ向けて突進しています。この時点でシミュレーション大負け。いやいや、勝負はこれからです。マックノート彗星が一番見頃になるのは13時をはさんだ前後2時間程度。今は曇っていてもこの頃に晴れてくれればいいのです。

 

さて先に出ましたように、今回の観望では「目盛環」が大きな役割を果たします。望遠鏡を扱っている人に取っては説明するまでもないことですが、「目盛環」は天体の位置指示計みたいなものです。前もって正しく合わせておけば、今見ている天体が座標上どの位置にあるかを知ることが出来ますし、逆に導入したい天体の座標に合うように望遠鏡を動かせば、極端な話ファインダーを使わなくとも目的の天体を視野内に導入できるわけです。

前もって正しく合わせておかなければならないのは、「架台の極軸」と「目盛環の座標合わせ」です。ただし、星の導入に使う場合、座標合わせは必ずしも行う必要はなく、例えば「基準の天体から、北へ何度、東へ何分」という具合に相対的に指定しても問題ありません。今回基準となるのはもちろん太陽で、観望前にいくつかめぼしい天体について太陽からの相対位置を調べておくことにします。

 

一通り洗い出したら、本番を迎える前に目盛環導入の練習をしておきます。何しろ望遠鏡を使い始めてン十年、初めて実践で使うわけですから、コツを掴んでおく必要があります。10時頃に始動した自分は、手始めに太陽に先行して南中を迎える火星を導入してみることにしました。

最初に太陽を導入・・・・・・雲に阻まれ全然姿を出してくれません!時刻は10時を過ぎたというのに、雲が全く減っていないのには呆れます。そして、ところどころにある雲の切れ間は太陽があると思われる場所をかすめもせずに通過していくのには怒りを覚えます。20分ぐらい経った頃、太陽が切れ間の中からほんのちょっと見えたので素早く望遠鏡に導入し、やっとこさ赤緯赤径ともに基準値0にセットすることができました。

次に火星の導入です。予め調べておいた太陽からの位置の差になるように望遠鏡を動かします。EM200の目盛環は目盛間隔が粗く、詳細な設定が出来ないのが難点です。一般には「目盛間隔が広く読みやすいので、実用上問題ない」と言われているようですが、多分それは熟練者の立場から言えるコメントではないかと。

ともあれ、火星の位置とおぼしき座標に望遠鏡を動かしました。これで少なくともファインダーの視野内には入っている・・・はずなんですが、これまた雲に隠されて訳分かりません!!ようやく出てきた晴れ間をぬって見てみるも、火星自身暗いことに加えて薄雲でコントラストが冴えず、それらしき姿をみつけることができません。20分ぐらい探してみましたが結局見つからず断念。

 

ならば金星で練習してみましょう。金星なら2003年の金星食の時に日中観測できましたので、多少コントラストが悪くても見えるでしょう。もっとも、雲がなければ、の話ですが。

金星があるであろう場所は待てど暮らせど全く晴れる気配がなく、そうこうする間に11時半を回っていました。もう、マックノート観望の時間ですよ。これはもうぶっつけ本番にいきますか。当然、そこに雲がなければ、の話ですが。

なんでこういう事になるのか、とにかく自分が見たいところはことごとくシャットアウトされています。この時、何の成果も収めることが出来ないことを恐れた自分は、何の変哲もない太陽を撮ったりしてネタの仕入れをしておくのでした。

 

 

 

1月18日の太陽面(12時27分撮影)

 

使用機材: PH130SS(望遠鏡)  EM200(架台)  

        EOS Kiss−D(カメラ)  ソーラーフィルタ

撮影方法: 直焦点撮影

撮影データ: ISO100設定  露出1/1000秒で4枚撮影

画像処理: ステライメージで4枚コンポジット後、トーン、カラー

バランス調整

 

*中央付近に2つの極々小さい黒点がありますが、この写真でわかるでしょう

か。目立った黒点もなく、とにかく寂しい太陽面でした・・・。

 

 

 

 

 

 

 【疑惑という名の海に沈む】

 

 

天候が急速に回復したのは、時刻が13時を過ぎた当たりからでした。が、マックノート彗星があるであろう場所は相変わらず薄雲が来たりしてパッとしませんで、一方の金星の方は大分雲が晴れきたことから、再び金星で目盛環導入の練習をすることにします。

太陽を導入してその後金星の相対座標まで望遠鏡を動かして、視野内に金星があるか確認・・・本日何度この作業を繰り返したことでしょうか。しかし、空は晴れているというのに、望遠鏡の視野には金星の「き」の字も見えません。ファインダーの視野内に光点がないか丹念にくまなく探しますが、こちらもさっぱりです。

 

ここで、「さらば宇宙戦艦ヤマト」のシーンの中で、白色彗星の弱点である「渦の中心核」を探していた真田技師が重苦しく呟いた台詞が頭をよぎります。「どこだ・・・、どこにあるというのだ。デスラーの言った中心核というのは・・・!」

今の自分は、正にこういう心境ですよ。もし自分がこの状態であの台詞を言っていれば、おそらく名言として後世に語り継がれていたかもしれません。

それにしても、こう何度も何度も繰り返して入らないところを見ると、

もしかして、目盛環の使用方法を間違えているんじゃないか?

 

こういう疑念が湧いてきます。しかし、最初の方こそ「2度ピッチを1度ピッチと勘違いして、余計に望遠鏡を回しすぎた」ことはありましたが、基本的な考えは間違っていないはずなのです。

もしかして、位置差の計算を間違えているんじゃないか?

 

いくら何でもそんな幼稚な間違いはしないだろう・・・と思いつつ、念のため絶対座標による導入を試みますが、それでも結果は同じ。

もしかして、別の日付の位置推算を参照してしまったか?

 

十分あり得ることでしたが、ステラナビゲータではじき出した結果は、さっきまで自分が見ていたデータと全く同じです。となると残る疑念は、

極軸のセッティングが不十分だったか?

 

これに落ち着きます。考えてみれば北東(または北西)が見えないベランダでは、追い込みが出来るのは東西方向だけで、高度の調整までは出来ません。今ひとつイメージが湧きませんが、高度が正確に調整されていないため、大きくずれている可能性は十分です。ですが、ファインダーの視野に入らないほど大きくずれるものでしょうか?

今更ながら、昨夜のウチに星を使って目盛環の練習をしておけば良かったなぁ、と後悔しました。

刻一刻とマックノート彗星の観望リミット時間が迫ってくる中、焦燥感に駆られつつ何度も何度も金星の導入にトライします(マックノートは依然薄雲に覆われて条件悪し)。そして、遂にというかようやくファインダーの中に金星と思われる星がかすかに光っているのが確認されたのでした。ファインダー中央から約3度ほどずれています。来たよ来たよ来たよーーーーっ!!

 

ここで再び「さらば宇宙戦艦ヤマト」の1シーンが頭に浮かびます。今度は、白色彗星に今まさに波動砲を打とうとしている古代進が呟くこの言葉、「落ち着け、落ち着くんだ、地球と地球の人々の運命は、この一発にかかっているんだ・・・!」。

焦って金星を見逃して振り出しに戻すわけにはいきません。落ち着いてファインダー内の金星から目を離さず、ゆっくりと視野中央に持って行くことが必要です。まばたきすら許されないこの状況!おお、何だかファインダーがターゲットスコープに見えてきましたよ。

 

そして苦節3時間半、ファインダーとの複合技とはいえ、やっと目盛環を使っての天体導入にこぎ着けました。最終的なズレの量は、赤径側で10分角(約2.5度)、赤緯側で1度でした。

視野内の金星はコントラストが悪く、ともすればバックに消え入りそうな感じです。おまけに絶えずグニャグニャしていて、まともな形に見えません。この後記念に金星を撮影しましたが、モニタ内であっちこっち飛んで飛んで散々な結果でした。

 

 

  1月18日の金星(13時43分撮影)

 

使用機材: PH130SS(望遠鏡)  EM200(架台)   ToUcam(カメラ)

LV9mm(アイピース)

露出:    1/500秒 15fpsにて60秒間の動画撮影

画像処理: Registaxで20枚スタック後ウェーブレット処理

 

とにかくシーイング、コントラストともに最悪で、スタック数は全900枚中たった

の20枚という、ほかに例をみない少なさ。強引にウェーブレット処理をしたもの

ですから、ノイズまみれの写真になってしまいました。トホホ・・・。

 

 

 

 

【メインディッシュはハンバーガー】

 

 

しかしこれで終わりじゃないのです。本番のマックノート彗星はこれからです。

少なくとも、目盛環で導入すればファインダー内には入ることが分かったので、雲が切れ始めた2時頃から最終ミッションに移ります。ここまで昼食抜きで頑張ってきた自分に、マックノート彗星という素晴らしいメインディッシュをプレゼントしたいものです。

太陽を導入して、南に13度、東に30分角(約7.5度)の位置に望遠鏡を動かします。金星と比べて操作量が少ないため、金星よりはファインダー中央に寄っているかもしれません。そういうことを期待して丹念に探しますが、・・・雲邪魔っ!!

 

何で、こう、彗星から離れませんかね。今日は朝からここまでずーっとマックノート彗星近辺に雲が流れていますが、こういうストーカー行為は止めてほしいものです。と言って、雲が聞き入れてくれるわけでもなく、こっちの情熱をあざ笑うかのように断続的に通過していきます。もう、腹立つ!!腹減る!!

 

この後も2時間近くにわたって探しましたが、雲の驚異は消え去ることはなく、そして最後までマックノートをこの目で見ることは出来ず(多分ファインダー内にはあったのでしょうが)、ついにタイムリミットの4時を迎えてしまいました。昨年の水星日面通過に続いて一番美味しいところでお預け喰らった感じです。「スイセイ」とは自分にとって鬼門なのでしょうか。

やっぱり夕方に観望できたあの時に見ておけばよかったなぁ・・・。残念です。本当に残念なことをしたと思います。

 

このままでは収まりがつかないので、せめて昼食だけでも彗星の名前が一部同じ物を、ということでマクドナルドで「メガマック」を食べ、6時間の長き戦いに終わりを告げたのでした。

 

 

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