黒金星を追え

                                                                

  

 

【今度こそジンクスを打ち破れ】

  

2012年6月6日に金星の日面通過が見られました。

この現象は8年前の2004年6月8日にもありましたが、当時は当地は天候に恵まれず、通過中の様子を僅かの時間しか見る事が出来ませんでした。加えて、今回を逃すと次は105年後しか見られないため、2004年の観望後から既に「次こそは必ず見る」と固く心に誓っていた現象です。

思い入れという点では先月の金環食以上のものがありましたので、先月の金環ショック(食)に続いて、日面通過までポシャるような結果になろうものなら、ものすごい失望感に襲われ、星見活動から手を洗うこと間違いなし。

そんな自分の思いを知ってか知らずか、5月終わり頃から発表された週間天気によれば、6日の予報は無情の「曇り」。やはり今回も「会社を休んでの観望に成功なし」の前に敗れ去る運命なのか。

 

過去どれだけ大事なイベントで泣いてきたのか、これまでしたためた観望大作戦をひもといてパラパラッと読んでみました。おうおう、努力の甲斐なく結構やられてます。

前回の金星日面通過もほとんど同じ展開です。この時は、晴れることを願って嫁さんが作ったてるてる坊主を引き出すなど、藁にもすがっていた自分が偲ばれます。

でも・・・そうか、てるてる坊主か・・・。てるてる坊主ねぇ・・・・。

 

今回もてるてる坊主に頼んでみるかなぁ・・・。

 

今の状況を打破したい自分は、もう一度てるてる坊主にすがってみようと思いました。

もちろん、あの頃の坊主はもうありません。あれから時は流れましたので、今度は作り手を嫁さんからイオに託してみてはどうでしょう。普段呪いの力が強いだけに、これをいい方向に振り向けると思わぬ結果を引き出してくれる・・・のではなかろうか。

そんなわけで、イオにてるてる坊主を作ってもらうことにしました。形は問わない、気持ちを込めて坊主を作ってくれ、と。

快諾したイオは早速製作に取りかかります。広告紙をちぎって丸め、その上からティッシュペーパーをかぶせて出来上がり(約1分)。

 

タカ: 「わーい、坊主!坊主!ちょーだい。」 ←大喜び

パパ: ・・・・・

 

何か、こう、どこに気持ちがこもっているんスかね?即興感たっぷりじゃないですかね?

しかし、この後衝撃の展開が訪れました。

イオがてるてる坊主を作ったその日の夕方、昨日までずっと曇りの予報だった6日の週間天気が、何と晴れに転じたのです。何という絶大な効果。何という即効性。リンガー効果すら色あせる力です。

気圧配置では南から台風が来て、前線も九州の南にあるので、一見パッとしないような天気のように思えるのですが、しかし予報は晴れ。月曜日になると予報確度も「ほぼ確実」を意味するAに昇格。日に日に下がり続けていたモチベーションは、てるてる坊主効果を境に一気に跳ね上がったのでした。

 

  イオお手製のてるてる坊主

 

これは観望会当日に撮った写真です。

あまりの効果の高さに、現地でも晴れるように、と連れてきました。

曇り空になっても、てるてる坊主を引っ張り出すと青空が広がるという、まさに

守り神的存在でした。

ただ、最後の方は息切れしたのか、金星が出て行く時間帯は曇り空を跳ね

返す力は出なかったようです。

 

 

  

 

【期待は高まる】

 

本番を2日後に控えた6月4日、当日の作戦について最後の検討をしました。

機材は前回の金環食と同じ構成で進める事としました。すなわち、動画、撮影、観望全てを満足するための、よくばり望遠鏡3台体制です。

 ●EM200:              ホタロン+EOS−D X4→潜入・離出時の動画記録、通過中の経過撮影

                                     VMC110L→眼視観望

 ●LN赤道儀:           カプリ+オリンパスC5050(コンデジ)→通過中の経過撮影

                                     カプリ+WEBカメラ→潜入・離出時の動画記録

金星の出入りは、ホタロンとカプリ両方とも動画で記録する事にしました。メインのホタロン組は強拡大して迫力ある潜入の様子を、カプリ組は太陽全体を入れて、その一角からポチッと入ってくる金星の様子を捉える計画です。

場所については、当初は梅雨入りを想定していたため、出来るだけ北の方に逃げようかとも思っていましたが、当地でも晴れる確率が高くなってきたことから、2003年の火星観望以来お世話になっている「いつもの山」に行く事にしました。ここは東から天頂にかけては視界が開けているので、金星の潜入が日の出後約2時間という比較的低空で始まる場合でも問題はありません。

 

本番前日の5日は予報通り午後から晴れ渡りました。これまでの日面通過は、一番のツボである出入りの様子を見た事がなかったので、今度こそという期待感が高まります。

自分の方は夜半前に出発し、機材のセッティングを済ませておく事にしました。近場ですので、多少遅く出てもセッティングや仮眠の時間は十分に取る事が出来ます。

一方、一緒に観望する船長っも夜の内にやってくる予定だったのですが、仕事が深夜までかかってしまったがために、現地に着いたのは3時前になりました。仕事で相当疲れただろうに、休む間もなく準備に入る船長っ。しかし、今までになく晴れた状況でイベントを迎える見込みが高かったからか、それほど疲労感に包まれた感じはしませんでした。「俺の日頃の行いがよかったもんなー」とアピールするあたり、気分も乗っていたんじゃないかと思われます。

船長っのシステムは虎の子G11赤道儀にFS102とボーグ76EDを載せ、FS側はEOS−D X4で写真撮影、ボーグ側はビデオカメラを接続して動画記録というスタイルでした。黒光りする巨大なG11はいつもながら重厚感にあふれ、それなりにボリュームがあるEM200がかわいく見えます。

 

  船長っの撮影システム

 

  なかなか真っ昼間にじっくり見る機会はないですが、明るい場所でじっくり見ると、

  そのでかさには圧倒されます。

  この日は周辺を散策しにきた人とか結構いて、中には自分たちをNHKの人間と

思った人もいたようです。おそらく船長っの機材を見てそう感じたのかもしれません。

  いつかは、巨大赤道儀に見合った巨大望遠鏡が載った姿を拝見したいものです。

  昔見たNJP+MT200以上のインパクトを与えること間違いありません。

 

  

 

 

  

 

【潜入ミターッ!】

 

それから数時間して夜明けを迎えました。時折薄雲が出るものの、まずまずの天気。金環食もこんな天気だったらよかったのになー、と未練がましいことを考えつつ、今日の日面通過の成功を祈願し、ピントや構図のチェックに入ります。メッキフィルタをつけてもプレビュー上の太陽は十分な明るさがあり、今日は終始活躍しそうです。

残念だったのは、太陽全体をとらえるつもりでいたカプリ+WEBカメラは、レデューサを併用しての直焦点でも僅かに太陽が写野をはみ出してしまったことでした。まぁ、大きな太陽にポツンと入ってくる金星の様子が記録できればいいので、割り切って南側(とその時思っていた)をちょん切った構図で狙う事にしました。

6時半を少し過ぎた頃。船長っサイドでちょっとした問題が発生しました。金星の潜入時刻ぐらいに、木の葉っぱに太陽がかかりそうな可能性が出てきたのでした。

実は、最も眺望が開けた一番いい場所に二人ともセッティングしなかったのです。自分の場合は、後から来る船長っにと空けておいたのですが、遠慮深かったのか、はたまた自分の負のオーラから少しでも離れたかったのか、船長っは絶好のロケーションからやや外れた、木の枝が視界を遮りそうなところに据えたのでした。

最初のうちこそ「金星が入ってくる頃は、葉っぱの上に太陽がくるさ。」と言ってた船長っも、だんだんやばそうな雰囲気を醸し出すようになりました。こりゃどうも、機材ば移動した方がよかですばい。・・・・・という自分の親切なアドバイスを一蹴し、クルマからロープを取り出して、木の枝にくくりつけ、邪魔な葉っぱをグイッと下げて重しを付けてその場で固定。船長っならではの対処法でした。

 

   日の出の様子

 

やや雲がのびていましたが、実質的には問題ない程度の

雲量でした。

  この後、海から霧が吹き出し、しばらくの間海一面が雲海

  に覆われる幻想的な光景が広がりました。

 

 

 

   ピントや構図のチェック開始

 

まだ太陽の高度が低く、揺らぎが大きい状態ではありまし

たが、いつ曇るともしれませんので、早めにピント合わせや

  構図の調整を行います。金星の入りは拡大撮影で臨むので、

  入る場所をミスらないよう、念入りにチェックしました。

  

*手前のクルマの車内にぶら下がっているてるてる坊主に

注目!

 

 

 

 

時刻は7時。潜入開始までおよそ10分ちょっととなったところで、最終チェックに入りました。船長っも自分も潜入は太陽面を拡大しての撮影を試みていますので、場所の特定を間違えると目も当てられない結果となります。ぎりぎりまで「西はこっちやからー、入ってくる場所は・・・・うん、やっぱりここやなー。いやいや、そもそもこれって倒立像やったかな。」という自問自答を何度も何度も繰り返し、確信と不安が交錯する時間を過ごしました。

そして潜入開始予想時刻2分前。自分はここでホタロン組とカプリ組両方で動画記録を開始しました。その直後です。今度はY−daサイドで思わぬ事態が発生しました。

 

EOS: (動画の)記録を停止しました。

 

いやいやいやいやいや!ちょっと待て、なに勝手に止まってんだよ。

もう一度記録開始するも、しばらくしてまたも記録停止のメッセージ!この一番大事なときに不調を訴えてどうすんだよ!!

3度目の記録開始。今度は先ほどまでのようにすぐ止まる事はありませんでしたが、逆にいつ止まるか分かりません。ほったらかしには出来なくなり、動画撮影の間、眼視でゆっくり楽しむ構想はもろくも崩壊(実際、カプリ、VMC、ホタロン間を、スクワット&サイドステップで絶え間なく移動する羽目となりました。おかげで、最後の方は足が笑う笑う)。

そんなやばい状況の中、ついに第1接触が始まるであろう時刻を迎えました。・・・・・・・・、しばらく時間が経過しても、カメラのライブビューはおろかPCのモニタでも金星が入ってきている様子は感じられません。これは船長っも同様のようです。

 

船長っ: 「おーい、そっち入ってきたー?」

自分:  「いやぁ、全く変化なしバイ。」

 

もしかして場所の特定を間違ったか?・・・・周囲に漂う重苦しい空気。

その時でした。ライブビューで見ていた太陽の縁にわずかなくぼみが見られたのです。輪郭がはっきりしているので、これは間違いなく物体が入ってきたことによるくぼみです。

金星キタあっーー。写野の中央よりも少し外れていますが、しっかりと写野内に入っていました。船長っからも「おー入ってる入ってる。ばっちし真ん中や。」と歓声が上がりました。度重なる構図チェックは無駄ではありませんでした。

よしよし、強拡大で記録しているEOSで入ったのだから、太陽全体を録っているカプリ組も問題なく入っているでしょう・・・・

全然くぼみが見られません? ま、まさか「南」と思ってちょん切った部分が実は「北」だった??・・・・そうでした(T_T)

 

カプリ+LU075Cで記録した金星の潜入の瞬間(動画から切り出し)

最初の構図

下側が「北」と思いこんで、上1/4ほどをはみ出させた構図としていました

修正後の構図

左上の縁が少しくぼんでいるのが分かるでしょうか・・・。

 

とまぁ、一部つまづきはありましたが、そこそこ順調な滑り出しで幕を開けました。

合間合間にVMCで見る潜入の様子は、ゆっくり推移しているのに実にダイナミック。最初ほんの僅かのくぼみだったのが、大きなへこみとなり、丸く変化を遂げていく様は、記録停止有無のチェックを一瞬忘れかけるほどおもしろいものでした。潜入の終わり際、まだ入りきっていない部分の輪郭が白い弧となって浮き上がる様子も見る事ができ、眼視ならではの味わいを十分に堪能出来たと思います。

出来れば、潜入完了前後の動きはじっくりと楽しみたかったのですが、そうは問屋が卸しません。ホタロン側でまたも記録停止が発生し、再開するまで数秒程度をロスするというアクシデント。最初でつまづき、最後もつまづく痛いオチとなりました。

 

  

 

【完全制覇ならず!】

 

潜入が終われば、金星が太陽から出ていくもう1つの大きなイベントまで、通過中の様子を定期的に撮影する作業となります。ホタロン組は動画モードから撮影モードへの切替、カプリ組はWEBカメラからコンデジへ切り替えました。

通過中の撮影はほぼ10分間隔で行う計画です。ただ、同じ時刻にホタロンとカプリ両方を撮るのも芸がないので、お互い5分ずつずらして間を補完する格好にしました。

これがいざやってみるとなかなか体力のいる作業で、インターバルが短いので、撮影の合間に腰を下ろしてもすぐ立ち上がるというスクワットライクなことを延々続けなくてはならなくなりました。更に、太陽が高くなるにつれてカメラが地面に近づいてくるので、無理な柔軟体操も加わりました。日差しの強さも半端無く、日中の長時間の観望のつらさを痛感したのは言うまでもありません。しかし、こんな天気を望んだのは自分ですから!ここで文句を言っては、てるてる坊主に申し訳が立ちません。最後まで頑張りますよ。

時としてへこたれそうになる自分を奮い立たせ、ゆっくりゆっくり移動する金星を見て撮っての時間が過ぎていきます。

船長っの方は、通過中のあまりの刺激のなさに一気に疲れが吹き出したようで、時々別の世界に意識が飛んでいるようでした。ただ、そんなときはカメラの電池切れとか発生したりして、ダレた雰囲気を一喝。船長っの機器たちは本当にご主人様のことを考えてくれるいいヤツです(それに引き替え、こっちの機材は・・・)。

まぁ、たしかに黒点とランデブーするようなイベントもなかったし、もうちょっと刺激がほしかったところですね。しかも通過中に!

 

カプリ+C5050で撮影した通過中の金星

8時45分

11時25分

12時55分

 

ところで、刺激と言えば、天文現象としては大変少ないものでしたが、それ以外の方面、例えば散策にきた人たちが物珍しそうに話しかけてきてくれたり(たまに通過中の様子をのぞいてもらったり)したことは結構多かったです。

特に、この日はシカ退治で地域の猟銃会(?)の人がたくさん往来し、賑やかな一幕もありました。その中でも一番おもしろかったやりとりを紹介します。

(注: A→シカ退治の人たち  Y→Y−da)

 

A: 「ほえー!すごか機械ば扱いよんねー。どうね、水星はもう入っとっとね?」

Y: 「あー金星ですね。もう入っとりますよ。」

A: 「金星ねぇ。水星じゃなかったい。」

Y: 「残念ながら、今日は水星じゃなかとですよ。金星が通りよっとです。」

A: 「水星は今太陽のどこあたりば通いよっとね?」

Y: 「そうですねー、太陽の縁当たりを金星が通過中ですねー。」

A: 「(後から来た仲間の人たちに)こん人たちゃ、水星ば見よるらしかばい。」

Y: 「(金星なんです・・・・水星じゃないんです・・・・シクシク)」 ←心の嘆き

 

これは正直いい刺激ではありました!

 

さて、通過をそろそろ終えようかという13時前。西から厚みをました雲が張り出してきて、文字通り怪しい雲行きになってきました。

それまでも厚い雲は断続的にやっては来ましたが、今度のヤツはなかなか切れ間が見あたりません。金星が離出する13時半までには回復すると見込んでいましたが、回復するどころかどんどん広がってきます。しかも、自分たちの北側と南側は青空がのぞいているというこの不思議!

 

これまで数々の奇跡を起こしてきたイオのてるてる坊主も、ついに息切れか?

 

13時20分、一瞬の切れ間を狙って通過中の金星を撮影したのを最後に、ホタロン組、カプリ組とも再び動画モードに切り替えました。あと数分後には記録を開始したいところ。しかし、雲に阻まれピントも構図も調整出来ません。船長っも「見えん!全然見えん!」と嘆いておられます。

ごくたまに、ホンのわずかの時間、黒い金星がプレビューに出る事があるので、それを頼りにピントを調整するも、これで合っているのか確信を持てないまま、いよいよ接触予定時刻まであと2分を切りました。プレビューは真っ黒ですが、ここで動画の記録を開始します。ちなみに、記録メディアは潜入の時のものとは違い、16GB・6000円もした高級品(潜入時は32GB・2000円のものを使用)。その価格の違いは、記録停止のエラーが発生しないところに如実に現れました。

記録開始後、時々ではあるものの金星の出ていく様子がプレビューに映し出されます。・・・やっぱりピントが合っていないようですが、すぐ隠されるので微調整する時間はなく、このまま通さざるを得ませんでした。一方、なかなか手が回らなかったカプリ+WEBカメラ組はというと、雲が来た→露出が足りない→手動で露出を上げる→雲が切れる→露出オーバー→手動で露出を下げる→雲が来る→露出が足りない・・・・の繰り返しで、とてもまともな記録にならず、途中でリタイヤ。動画はホタロン組に頑張ってもらい、眼視で楽しむ時間を増やすことにしたのでした・・・・まっ見たのはほとんど雲だけだったような気がするのですが!

結局、潜入の時と違って離出は全過程を見ることはできず、断片的な観望に終わりました。・・・・・・・

 

  

 

【目指せ105年後】

 

ということで、今世紀最後の日面通過は完全燃焼とは行かず、ちょっと悔しい結果に終わりました。満足度から言うと、70%というところです。

それでも、数日前までは観測できることすら危ぶまれていたことからすると、ほぼ全過程に近い経過が見られたのは評価すべきことだと思います。これまで壁のように立ちはだかっていたジンクスに風穴を開ける結果にはなったのではないでしょうか。

次は105年後に日面通過が起こります。いくら24歳の自分とはいえ、そこまで生きながらえるか非常に厳しいものがありますが、次の日面通過まで日頃から暴飲暴食を避け、健康管理に十分気を配り、105年後の完全制覇を狙いたい、と考える今日この頃です。

 

 

 

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